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起業家物語

時代の最先端をプロデュース

ヒット作をプロデュースするゲームパブリッシャー、サイバーフロント。

サイバーフロントは、ゲームソフトの企画・開発・販売・プロモーションまで、それぞれを事業化してグループ経営をおこなっています。
『A列車で行こう』『プリンセスメーカー』『シヴィライゼーション』など、続々とヒット作をプロデュース。PCゲームに強いだけでなく、海外メーカーのライセンス販売や、PS2、NintendoDS、XBOX360などの家庭用ゲーム機向けのゲーム開発も手がけます。企画会議は毎週のように開かれ、現在、常時60〜70本の企画が同時進行で進む中、今後は海外展開に力をいれ、「サイバーフロント」を世界の誰もが知るブランドへと成長させていきたいと考えています。

設立してから10年。最初は7人ではじめたサイバーフロントも、今ではグループ全体で250名規模となりました。数々の選択と決断の結果、今があると考えています。

それでは、私がサイバーフロントを起業するまでの経緯を、学生時代からお話しましょう。

英語漬けの大学時代と、そこで出会った新しい世界。

私が英語に興味を持ったきっかけは、ある週刊誌の特集でした。
日本とアメリカの高校生の比較をする記事で、好みの女優だとか、入試システムの違いだとか、「同じ高校生でも国が違うとこんなに違いがあるんだ」と興味深く読みました。当時は予備校生だったので、まわりのみんなが大学受験や模試結果に一喜一憂している状態。自分ひとりだけならまだしも、同世代の人間がみんな同じ方向を向いていることに疑問を感じました。「もしかしたら、自分はとても狭い世界に住んでいるのかもしれない。英語を使えたら、もっと広い世界を見られるんじゃないか」。そう感じた私は、理系のため苦手だった英語を猛勉強し、早稲田の理工と上智大学に合格し、上智大学を選びました。

上智に入学してまず驚いたのは、帰国子女をはじめ英語を使いこなす人の多さ。とにかく必死で勉強をし、ある程度英語を話せるようになった2年生の夏、アメリカに留学をしました。ホームステイ先で、「人の家でも、“好きなものは好き、嫌いなものは嫌い”と言いなさい」と教えられたことは、今でも覚えているほど衝撃的でした。日本とは全く違うアメリカ文化から、多くの刺激を受けた留学でしたね。ホストファミリーとは20数年たった今でも仲良くしていて、昨年娘がホームステイさせてもらったほどです。

大学卒業後は、大学院に進み化学を専攻しました。分光学の研究をするためドイツへ5ヶ月間行ったのですが、大学院まで行きながら化学が嫌いになってしまった(笑)。そこで、日本に帰ってから始めた就職活動では、海外駐在ができる会社を探し、キヤノンへ就職をしました。

アメリカ駐在で見つけた「自分が本当にやりたいこと」。

新卒で入社したキヤノンでは、電機の半導体部門に配属となりました。しかし、入社して2年ほど経つ頃には、仕事に飽きていたんです。大手企業だったので、1人の人間に任される仕事の領域が狭く、「自分の力が100あるのに、そのうちの5も使っていない」感覚で働いていました。3年目に、入社当初から「海外に行きたい」と言い続けたことと、実際に英語が使えることから、海外駐在を命じられました。他社の大手電機メーカーからの誘いもあり迷いましたが、「海外駐在をさせてくれるなら」と、他社の誘いを断り、アメリカへ飛び立ちました。1989年のことです。

私のアメリカ駐在のミッションは、「会社にとって、何か新しいことを見つけなさい」というもの。他には何の決まりもありません。私はMBAと米国公認会計士資格を自費で夜間専攻しながら、興味の赴くままに学会などへ足を運び、レポートを書いてはせっせと日本へ送り続けました。

諸先輩たちは、このミッションに対して、“レーザープリンター”や“MO”など、目に見てわかりやすいものを日本に持ち帰っていました。しかし、私たちの時代はソフトウェアの時代。「どういうふうにソフトビジネスを展開していくか」、といった概念が重要となります。そこで私が提案したのは、「ベンチャー企業に資本参加をして役員や人材を送り込んでR&D(※)をする、ベンチャー企業への投資による技術導入案」でした。

ベンチャー企業への投資を思いついたのは、アメリカ駐在中に目の当たりにしたベンチャー企業の活躍からです。「自分がしたいのはこれだ!」と直感しました。もしこれが会社の新規事業として採用されたら、自分もその事業に関わることで、会社の歯車の1つではなく、やりがいのある仕事ができるんじゃないか、と考えました。
ところが、会社からの返事はNO。キヤノンでは、新規事業はある程度の市場規模が見込めないと着手させてもらえなかったのです。私の手元には、MBAと米国公認会計士の資格だけが残りました。こうして、私は再び日本に呼び戻されたのです。

次回は、サイバーフロント設立のきっかけをお話します。


(※)R&D:「R」は“Research”(研究)、「D」は“Development”(開発)を意味する。
企業の研究・開発業務および部門のこと。

プロフィール

株式会社サイバーフロント
代表取締役社長 藤原三二 1959年1月16日生まれ

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