1966年3月15日生まれ。
日本大学農獣医学部中退。…(詳しく)

【
Webシステム開発
】
テックベースでは設立よりこれまで、Java、.Netを中心とした技術を基盤として多種多様な業種・業務のWebシステム開発に取組み、ノウハウを蓄積。

【モバイルソリューション 】
携帯に関するシステムの開発などを、企画の段階から設計、開発、運用までトータルでサポート。
第2話 仕事の原理原則が見えてきた。そして―― 起業。
20歳でエンジニアとしてのキャリアをスタートした私でしたが、その後、起業に至るまで、10数名の組織から300名を超える開発会社まで、様々なフィールドを経験しました。転職の動機は、至って単純。「お前、こないか? 給料もあがるぞ」。そう言われたら、おお、行ってみようかな、と思って(笑)。
しかし、やるからにはいい加減な仕事はしたくないし、一緒に働く仲間にも、楽しく働いて欲しい。5社目に誘われて入社した会社では、プロジェクトマネージャー兼エンジニアとして入社し、執行役員も務めました。開発も、コボルからJavaのWeb開発メインに。時代の潮流を感じながら、5億、6億規模のプロジェクトの指揮を取っていました。こう言うとバリバリ仕事をしているイメージかもしれませんが、本人はいたってマイペースです。
仕事は会社が与えてくれるものでなく、今のプロジェクトで結果を残して、その顧客から次も指名をしてもらって生まれるもの。当時そう思っていたので、最初に受注した小さな仕事も、お客様の期待を超える納品が出来るように考えていました。 例えば当初、小さな案件で受託した業界の超大手コンピューター機器メーカーとの取引。現場のスタッフや部長が何を求めているのか、どういう方向性を持っているのかをヒアリングするコミュニケーションを深めていきました。
そのお客様の会社で、次の案件があがった時も「お願いしたい」と連絡を頂けるようになり、結局は私のいる会社の売上高の半分を、そのお客様との取引が占めるまでになりました。
この会社には、7年間働いていましたね。会社の経営スタイルと自分が目指す仕事の仕方が離れてきて、どうしようかなと考えていた頃、ある日の飲み会で「おい、みんなで新しい会社を作らないか」なんて話が持ち上がったんです。飲みの席での話といえども、白熱して盛り上がりました。
翌日。一人の同僚が、「おい、金を作ったぞ!」と声をかけてきました。「アレは飲みの席での話……」と流せない状況に(笑)。自分ひとりであれば、フリーエンジニアとしてでも生きていくことはできるのですが、ついてくると言ってきた仲間の顔を思い浮かべると、「これはいい加減なことはできないな」と思い、覚悟を決めました。
起業を決断してから、親しかったお客様にも報告しました。「良かった」と喜んで下さる方がほとんどで、「じゃあ、さっそくなんだけど、コレお願いできる?」と仕事を下さった方もいました。
社名を何にしようかと考えていた時に、お世話になった取引先の方と「会社には、いいマネジメントも、優れた営業力も大切だけれども、それは『技術』がベースになって成り立つもの。モノを作る『技術』を土台にした会社経営が大切だ」という話をしていました。 先般、指名で仕事を頂けるようになった私には卓越した技術を磨いていれば、仕事は向こうからやってくると実感がありました。
資本金の1000万円は、一緒についてきてくれた部下や応援してくれる仲間たち11名が出資してくれました。
『技術』を土台にした会社。株式会社テックベースが、誕生しました。
(続く)
- 第1話 大学1年の終わり。中退届と同時にスタートした、私の人生。
- 第2話 仕事の原理原則が見えてきた。そして―― 起業。
- 第3話 “会社の未来を拓く種”は、社員のやりたいことの中にある。